時間があれば、Suchmosのニューアルバム「THE ANYMAL」を聴いているこの頃。
ゆったりとしたテンポで1つひとつの音と言葉が丁寧に紡がれている。気の合う仲間が集まり、思い思いにそれぞれの楽器を鳴らす。そんな原風景のような音楽が水のように全身を巡り、時間をかけて少しずつ馴染んでいく。そんなアルバムだと感じた。
逆に言うと、これは時間を取らないとちゃんと聴けないアルバムでもある。自分もまだ海の水面に少し顔をつけてみただけだ。これから潜っていった先に、深くて青いブルースの世界が広がっているのだろう。
大変化のアルバム
世界のトップチャートには2~3分台で10曲前後のアルバムが並んでいる時代。しかし「THE ANYMAL」の収録時間は全12曲(うち1曲は数十秒のインタールードなので実質11曲)でなんと74分。平均6~7分、1番長い曲で11分39秒もある。
それに加え、今の音楽シーンの中心にいるラッパーのように言葉を詰め込むようなこともしない。
言葉数を絞って、本当に歌いたいことだけが残った詞、あるいは本当に歌いたいことだけを入念に絞り出した詞。長大な楽曲だからこそ、要所で歌われる言葉は強力なパンチラインとして印象に残る。
といった具合に、曲だけを聴いたら大大大変化を見せているわけだけど、一方でそんなに変わったと思わない部分もある。
曲が長かったり、いわゆる”分かりやすい”曲ではない曲を作っているのは、去年W杯のテーマソングに選ばれた「VOLT-AGE」の時にも感じたことだからだ。その延長線に「THE ANYMAL」が生まれたのは実はあまり不思議ではない。
そして何よりも、その時その時で一番カッコ良いと思って作った曲で、白黒2択では測れない勝負に挑んでいる。恐れずに変化していくことが、彼らの変わらない部分であるはずだ。
自分も例に漏れず「STAY TUNE」の大ヒットでSuchmosを知ったが、当時の最先端を行くようなアーバンでスタイリッシュな姿は確かに今作では見当たらない。あれから3年が経ったが、バンドはむしろ時代に逆行するように、時計の針を何周も戻したような男臭くて渋い音を鳴らしている。
5曲目「BOUND」の”半世紀前のFUZZが君を待ってる”という歌詞は今作のコンセプトを物語っているかのよう。
この詞で曲が終わり、そこから今作イチの長編ナンバー「Indigo Blues」に流れていくのは痛快だ。
檻を壊した野生の声が聴こえる
「THE ANYMAL」=「アニマル」と読めることから、3曲目の「In The Zoo」がアルバムの肝になっているのではないかと思う。
“秤りしれないことが幸せだと知っているから生きているのに”
“ScreenにScreamして YESとNOしか映さないSight”
– Suchmos 「In The Zoo」
なんだか、檻の中で苦しくせめぎ合っている世の中に対するカウンターのようにも聴こえる。
一方、檻の中の苦しさから解放され、野生に返ったようなイメージも同時に抱いた。今一番気持ちいいと感じる音を鳴らして歌を歌って自分を表現することが出来ているのではないだろうか。
Suchmosもこの数年でヒットソングを世に出して、ステージの規模も大きくなっていく過程で檻に閉じ込められ、型にハマるような経験をしたのかもしれない。
音楽に限らず、ある程度キャリアを積み重ねていけば”本当にやりたいことは何か”という問いに向き合うのは最早避けては通れない。もちろん型の中で躍動することも必要だし、それを経た後に自ら作った檻を自ら壊すプロセスが待っているのだと思う。
今作を完成させたことで、バンドにとっても個人にとっても何か縛っていたものが解けたと、メディアのインタビューでメンバー各々が語っていた。
だから「In The Zoo」から感じるのはカウンター精神だけではなくて「俺たちはこういう生き方がしたい」という開放感だ。その言葉は、決して相手を諭したり説得させるものではない。
年明けに公開されたこのスローガンは、「Hit Me, Thunder」の冒頭の歌詞だった。
また、「ANIMAL」のスペルを「ANYMAL」に変えたのは「ANY」に”不特定多数”で”何でもアリ”という意味を込めて、という理由からだ。
分かり合えなくたって、思想が違ったって、相手を想う。檻を壊して野生のパワーを取り戻した彼らには、みんな人それぞれであることを尊重する広い心があるのだと思う。
インディゴブルーのデニムを穿き古すように
色々書いてみたものの、まだ作品がリリースされて3日目の浅い感想でしかない。
冒頭でも述べた通り1曲1曲がとても長いから時間がかかるし、ゆっくり流れるメロウな音にウトウトしてしまったという感想も頷ける(笑)
このアルバムに限らず、時間をかけてじっくり味わうのが良いんだと思う。今から良し悪しを決めるのを急ぐ必要はない。とはいえ、とてつもないスピードで流れる時代に抗うような作品を深く味わうのは難しいかもしれない。
どのみち、音楽とどう向き合うのかを試される1枚である気がする。
インディゴブルーのデニムを穿きこなしながら育てていくように、リスナーそれぞれがこのアルバムを聴いて少しずつ自身の感性を育てていって、数年後、数十年後には味のあるヴィンテージ物になっていたら良いと思う。まぁ今の時点でも十分に渋いけど(笑)