自分が初めて参加したフェスは2014年のMETROCKという野外フェス。その年に2日間の大トリを務めたアーティストがサカナクションだった。
夜のステージに、楽器の前にMacが並ぶ近未来的なセット、レーザーが飛び交う照明の演出、それらをバックに鳴らされる極上のダンスミュージック、それを浴びて思い思いに動き出すオーディエンス。
まさに生の現場でしか味わえない体験。そして後から音源を聴くと、ライブで身体に染み付いた感覚が蘇ってきた。
そんな自分の1つの原体験から5年が経過した。その間も何度かサカナクションのライブを観たが、いずれも大型フェスのヘッドライナー。彼らが1日の最後を締め括るだけでも、そのフェスに行く理由になっていた。
前置きが長くなったが、周知の通り、サカナクションは先日6年ぶりのニューアルバムをリリースした。
2枚組でバンドの二面性を表現したコンセプトアルバム。
2枚それぞれの最後の曲のタイトルが示すように、コンセプトは「東京」と「札幌」だ。
DISC1の「東京盤」には、バンドのパブリックイメージに近いダンスチューンが中心に収録されていて、DISC2の「札幌盤」は華やかさが影を潜めた、内向きでノスタルジックな楽曲が収録されている。
もちろん収録順に聴くのが良いと思うが、個人的にはDISC2→DISC1の順に聴いてみることをオススメしたい。
初めてライブを観てからの5年間、バンドは動き続けていた。だがその間1枚も新しいアルバムを出さなかった。
ライブ等で見せる表舞台での活躍の裏で、表面下で抱えていた葛藤が今作には刻まれている。
それと同時に、前作から6年間という長い月日をかけてでも掲げてきたメッセージが今になって結実している。
新録曲は勿論だが、長いスパンだからこそ浮かび上がってくるバンドの物語が描かれたアルバム。6年かかった分、それと同じだけの時間をかけて深く楽しめる作品だ。
そのためのガイドをこの記事で少しなりとも提示出来ればと思う。
6年間のシングル曲が描くストーリー
冒頭で述べた、初めてサカナクションを観た5年前のライブは、当時の代表曲を惜しみなく演奏し、野外ステージを一面ダンスフロアに変えた圧巻のエンターテイメントだった。
盛り上がる曲の数々に一時の休息も与えられないような、つまり最高のライブだったのだが、その中で1曲だけ身体を止めて聴き入った曲があった。
ライブ本編の最後に演奏された「グッドバイ」という曲だ。
DISC2の1曲目に収録されているこの曲は、今作に収録されているシングル曲の中で最も古い曲。アルバムが完成するまでの6年間の始まりの曲と言ってもいいかもしれない。
前回のフルアルバム「sakanaction」のヒットと、当時に目標に掲げていたライブ動員の達成。そして紅白歌合戦への出場と、大活躍の1年だった2013年を経てリリースされた「グッドバイ」
このタイトルには”今後更なるセールスとライブの規模の拡大の道からドロップアウトする”という意味が込められている。自分がそれを知ったのは、ライブを観てしばらく経ってからのことだった。
好きで音楽をやっていた北海道時代の音楽生活は、東京に移ったことで人波に流されるような、生き急ぐような生活に変わってしまった。
東京にいながら故郷に馳せる思いは「グッドバイ」と同時にシングルリリースされた「ユリイカ」でも歌われている。
「グッドバイ」よりも前に予備校のCMでサビだけ流れていた「さよならはエモーション」は、タイアップから1年も空いてシングルとしてリリースされた。
CMで流れていたサビはアップテンポに聴こえたが、完成した音源はそれとは異なる質感を帯びていた。
クールに生まれ変わった曲のクライマックスでは、闇を抜けて光を求めるバンドの想いが祈るように歌われている。
東京で抱えた暗闇を抜けた先で、一体何処へ向かうのか。
その1つの答えが、2015年に発足した「NF」というプロジェクトだ。
音で空間をデザインしたり、企業と音をタイアップ以外で結びつけることができたら、これまでにない音楽の新しいシステムをつくれると信じております。
「音の可能性」を信じ、誰もまだ踏み込んだことのない分野を突き詰めてロックバンドが持つ夢をNFでアップデートしていきたいと思います。
NF 公式サイト(https://nf.sakanaction.jp/about/)より
サカナクションのメンバーがバンドではなくDJとして出演し、ライブハウスでのオールナイトイベントや野外レイヴを開催したり、海外のファッション展への音楽提供、宇宙プロジェクトとのタイアップも話題になっている。
ミュージシャンの従来の枠にとらわれず、その枠を超えて、自らの音楽を接続させていく。
6年前に達成した”規模を拡大する”以外の方法でやりたいこと。サカナクションを好きになったリスナーをそれらの体験へと巻き込んで連れていくことをゴールに据えることで、バンドは最初の暗闇を脱出することに成功した。
そんな「NF」のプロジェクトが明るみになった2015年の年末。COUNTDOWN JAPANの大トリとしてメインステージに立ったサカナクション。
このライブで本編の最後に演奏したのは、お茶の間からのドロップアウトを歌った「グッドバイ」ではなかった。曲のイントロと同時にレーザーが「新宝島」という文字を映し出していた。
「このまま君を連れて行くよ」とサビで歌った、新たな目的地にリスナーを導く1曲。
今や代表曲となったこの曲でサカナクションは再び表舞台を活用するようになった。
そこから「NF」周りの活動が本格化していったのもあり、アルバム完成までにはもう3年ほど時間を費やすことになったが、昨年リリースされた、3枚組でコンセプトを分けたベストアルバム「魚図鑑」のアイデアを活かして遂に2枚組のフルアルバムを完成させた。
表舞台に回帰した「新宝島」と、それ以降の「多分、風」「陽炎」といった、再度ポピュラーミュージックに接近していった既存曲がDISC1に。
「グッドバイ」から「新宝島」までの期間のシングル曲はDISC2に綺麗に分かれている。
6年間、それぞれの期間シングルで歌っていたメッセージが今作で1本の線で繋がっているし「グッドバイ」や「新宝島」で歌われているメッセージの重みがようやく理解できた気がしている。
因みに、今作に収録されているシングル曲はタイアップが付いている。
タイアップを単なる楽曲提供に留めず、自身のやりたいことに結びつけたバンドの度量。数年前の曲がアルバムの大事なピースとして存在感を示しているのは本当に凄いことだと思うのだ。
未来で評価される音楽
SNSのタイムラインの中に生きる今の時代。音楽も手軽に聴けるようになって、その消費スピードはどんどん速くなっていく。
それに慣れることも必要だけど、慣れ過ぎてはいけないとも思う。
今回サカナクションのアルバムを聴いて、5年前のシングル曲からも新たな発見があった。それだけ長い時間軸で音楽と関わって楽しみたいと思った。
今評価されなくても、一歩先で評価されるもの、もしくは数年経って振り返った時に「良い」と思えるぐらいが1番丁度いいのかもしれない。
「ユーミン(松任谷由実)さんに言われて、すごく感動したことがあって。僕が『ポップスというものを作ってみたい』と言ったら、ユーミンさんが『何言ってるの? もう作ってるじゃない!』って。5年後に評価されるものがポップスなんだって、教えてくださったんです。今評価されるものも、20年後、30年後に評価されるものもポップスじゃない。手を伸ばせば届く一歩先にあって、敏感な人たちが『いいかも』って集まってくるからポップスなんだって」
「音楽ビジネスをアップデートする」サカナクション・山口一郎が挫折と苦悩の末に見いだしたもの – Yahoo!ニュース(https://news.yahoo.co.jp/feature/1357)より
アルバムリリースに伴い各所で公開されたインタビューの中でも、この一郎さんとユーミンさんの件は特に気に入ったエピソードだ。
時間をかけて楽しんで評価するということを、次はアルバムの新録曲でやっていきたいと思う。
MVや音楽番組でのパフォーマンスも話題になった、DISC1の1曲目かつ今作のリードトラック「忘れられないの」
「新宝島」や「陽炎」に通じるサカナクションの歌謡チックな一面に、このバンドには今までに無いタイプのサウンド。
その中に、5年前の東京で生き急いでいた時期を思いやるようなフレーズがある。
新しい街の
この淋しさ
いつかは
思い出になるはずさ– サカナクション「忘れられないの」
特に、DISC2を聴いてからDISC1に戻って聴くこの詞がとても沁みる。
6年間のシングル曲が見せた「二面性」
東京で活躍するミュージシャンとしての一面と、北海道生まれの純粋な音楽好きとしての一面を行き来するように、他の新録曲もまだまだ楽しむ余地がありそうだ。
トレンドと普遍性、マジョリティとマイノリティ、広げることと深めること、その間に軸足を置いて、大衆と向き合い、時にはカウンターも打つ。
サカナクションが放つ音楽は今後ますます奥深くなっていくだろう。
釣り糸を垂らして魚が食いつくのを待つように、良い音楽には聴き手にヒットする適切なタイミングがあるはずだ。その感性をじっくり育てていきたい。
探してた答えはない
此処には多分ないな
だけど僕は敢えて歌うんだ
わかるだろう?
– サカナクション「グッドバイ」
5年前に聴いていたこのフレーズ。
「874.194」の答えも5年6年経った後にきっと見つかる。だから音楽は面白いんだ。